五十三次
2026.09.14
矢口です。
私も歴史好きな属性の一人、古の英雄譚や当時の生活を知ることに楽しさを覚える。
お店を営む思考の片隅には”城を護り育てる”闘志や、MDを軍略になぞらえる感覚はある、10代「三国志」や「項羽と劉邦」に嵌り過ぎたからだろう。
最近、面白がって観ているのがYouTubeチャンネル「ダンのAI歴史探報 」、歴史のメインストリームでは語られないストーリー?をAIで作られた映像で観やすく作られているチャンネル。
添付動画は江戸時代の「東海道」と「中山道」についての考察、特に中仙道(なかせんどう)から中山道表記に変わったこの道は長野県を横断している身近な街道であり、興味深く拝見した。
「人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり 一度生を享け、滅せぬもののあるべきか これを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ」。
織田信長が好んだとされ時代劇中の演出にも多く登場する「敦盛」(室町時代に流行し、中世から近世にかけて能と並んで武家達に愛好された芸能、語りを伴う曲舞の一種「幸若舞(こうわかまい)」の演目の一つ)詩、意味は「人間」は人の世の意であり人の世における50年の意、「下天」は三界における上天に対する下天のことで、最上に第6天 他化自在天(たけじざいてん)~最下に第1天 四大王衆天(しだいおうしゅてん)があり、最下の四大王衆天でも一昼夜は人間界の50年に相当する。すなわち「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり」は、つまり「人の世における50年は下天の内の最下の四大王衆天でも一日にしかあたらない。夢幻のようなものだ」という意味になる。この一節は天界を比較対象とすることで人の世の時の流れの儚さについて説明。
今日53歳となった。
歌川 広重の浮世絵「東海道五十三次」の印象から多くの方知るところである両端の起点となる江戸日本橋と京都三条大橋の間に53の宿場があった東海道の数字と重なった、楽しくも厳しい旅路の趣の歳。
また、「敦盛」に歌われた戦国前後の平均寿命を過ぎた事にも毎年感じ入る。
人生八十年の現代、子育て真っ最中であり、国や各方面への様々な支出がズッシリある50代、気楽気ままであるはずはさっぱりない。
だから、世のため人のためと言う美辞麗句はまだ先に預けるとして、今やるべき事に一生懸命励むのだとも思う近年の節目。
今日は久々に青空、乾いた空気で気持ちが良いですね。
朝、仁科三山が美しく仰ぎ見られ清々しい節目の日となりました。


