JOURNAL

逃げ上手の若君

2026.09.07

 

 

 

矢口です。

 

 

8/16日~9/2おこなわれていた「2026 セイジ・オザワ 松本フェスティバル」が閉幕、これも夏の終わりを感じる事象。

写真は1週間くらい前のもの、雨が続くこの終日は長袖姿の歩行者がぐっと増した松本市内です。

 

タイトルの「逃げ上手の若君」は、「週刊少年ジャンプ」で2021年8号から2026年12号まで連載された作品。

足利尊氏によって鎌倉幕府が滅ぼされ、北条家の一族がいなくなる中、足利尊氏の手から逃げ延び長野県諏訪地域を拠点とする諏訪頼重らとともに再起を期す史実をもとに描いている物語。

 

北条時行(ほうじょう ときゆき)

鎌倉時代末期から南北朝時代の武将。鎌倉幕府最後の得宗・北条高時の次男。先代の武家の筆頭である高時と室町幕府創始者当代の武家の棟梁である足利尊氏との中間の存在として、中先代(なかせんだい)とも呼ばれた。建武政権期、北条氏復興のため、推定数え7歳の時に諏訪氏に奉戴され、鎌倉幕府の残党を糾合して建武2年(1335年)に中先代の乱を起こした。鎌倉街道を進撃する過程で兵は非常に大規模に膨れ上がり、挙兵からわずか1か月、足利直義を破って鎌倉奪還に成功したが、20日で尊氏に逐われた。南北朝の内乱(1336年 – 1392年)では、後醍醐天皇から朝敵を赦免されて南朝方の武将として戦った。延元2年/建武4年(1337年)から翌年にかけては、鎮守府大将軍北畠顕家や新田義興(義貞の子)と共に杉本城の戦いで足利家長(斯波家長)を討って自身にとって2度目となる鎌倉奪還に成功し、顕家の遠征軍に随行して青野原の戦いで顕家らと共に土岐頼遠を破った。ところが、遠征軍は和泉国(大阪府)で行われた石津の戦いで執事高師直に大敗、遠征軍の長の顕家は敗死したものの、時行は生き残った。正平7年/文和元年(1352年)、時行は再び義興らと共に武蔵野合戦で戦い、初代鎌倉公方足利基氏を破って3度目の鎌倉奪還を果たした。しかし、この奪還も短期間に終わり、逃走を続けるも、翌年足利方に捕らえられ、鎌倉龍ノ口(神奈川県藤沢市龍口)で処刑された。

 

2024年にアニメ化された作品を今となって娘に勧められて見ている、いや娘ばかりか先日伺った「FACTOTUM」の展示会でデザイナー有働さんとの会話の中でこの物語が出てきたので、それも手伝ってのNetflixで鑑賞。

私が見終えた第一期の物語舞台が、鎌倉・京都の描写を差し置いて諏訪地域および信濃国の鎌倉と室町の端境の時代がメイン舞台なので、それも面白く鑑賞。

 

さらには、資質はあってもまだ弱き主人公が、さまざまな苦難を乗り越え、掛け替えのない仲間と出会い強くなって行く、まさに男の子心くすぐる”ジャンプ漫画”の王道。

物語始めの頃の”あのノリに”挫折しそうにはなったけれど、第一期が終わる頃には嵌まっている私がいました。

 

いざ第二期へ、史実では3度の戦いの末に敵に捕えられてしまう運命である北条時行、アニメの描写はいかなる結末となるのだろうか!?

「逃げ上手の若君」、表現方法は現代の子供達に向けた嗜好性であれど、連綿たる少年漫画ジャンプのそれであります。